シャトー案内

Ch Haut-Bailly
シャトー・オーバイイ
| 生産地 | グラーブ地区 ぺサック・レオニャン |
|---|---|
| セカンドワイン | オ・バイイ・ドゥ |
| タイプ | 赤/フルボディ/調和の良さと潜在能力の高いワイン |
| 格付け | Cru Classe(特選) |
| 栽培品種 | カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド |
各ワイン評論家からの評価(★1点/☆0.5点)
| ロバート・パーカー (第4版) | ★★★(3点/4点満点中) |
|---|---|
| ヒュージョンソン (第5版) | ★★★(3点/4点満点中) |
| ル・クラスモン (2006年度版) | ★★(2点/3点満点中) |
| ゴー・ミヨー (2006年度版) | ★★★★☆(4.5点/5点満点中) |
グラーグ地区で最高のワインの一つとして名高いシャトー・オーバイイ。畑は周辺で最も高い丘の頂にあり、日当たりが良く排水に優れているという、素晴らしい立地に恵まれています。
また、そこに植えられているブドウの樹のうちの、実に15%が「樹齢90年」というのもすごいのですが、それらはフィロキセラの害を免れた、アメリカ産の台木に接木していない純粋なフランス産の木だというのですから、ますます驚かされます。オーバイイのワインは、滅多にお目に掛かることの出来ない貴重なブドウから作られているのです。
17世紀にまで遡ることができる、非常に歴史あるシャトーですが、1923年以降、シャトーは一時荒廃していた時期がありました。しかし1955年、サンダース家がオーナーとなってからは名声を取り戻し始め、1979年からは一貫して優れたワインを生み出すようになりました。
このシャトーのコンサルタントには、エミリー・ペイノー氏やドニ・デブルデュー氏といった、ボルドー大学の高名な教授たちが名を連ねています。彼らのアドバイスもあってか、収穫の半分以上はセカンドワインに回されるという厳格なワインの選別や、様々な改革が行われており、ワインへの期待も一層高まるでしょう。
若いうちは軽い印象に留まっているワインですが、それも樹齢の高さと濾過処理を行わない伝統的な造り方のためとも言われています。その本当の実力が現れるまでにはもう少しだけ時間が掛かり、瓶詰めして5年ほど寝かせたあたりから香りが豊かになり、重みと深みを増していくようになります。
良年のものは、しなやかで熟した果実の風味と魅惑的なアロマを持ち、“ペサックで最もエレガント”と評されているワインであるだけに、その実力をぜひお試しください。
シャトー紹介・醸造工程
グラーブの名門シャトーの一つ

- オーバイイのシャトー全景
グラーブの格付けシャトーの多くが集まっているのが、ボルドーから車で30分ほど南にあるレオニャン村です。グラーブの名門シャトーであり、“グラーブ最高の赤ワインの一つ”として評判が高いシャトー・オーバイイもここに位置しています。
レオニャン村についてD651線を進んでいくと、ミッシェル・ロラン氏がコンサルタントとして招聘されたことで注目されている【ラリヴェ・オー・ブリオン】が右手に見えてきます。この辺りからシャトー【カルボニュー】までの道路は非常に狭くなっています。ほぼ車2台分程度の幅しかない道路を、誰もが時速100kmぐらいで飛ばしてくるのですから、ボルドーの中でも最も運転が怖いところだと言えるでしょう。
【ラリヴェ・オー・ブリオン】を過ぎると、左手にオーバイイが見えてきます。ちなみに、この道をさらに進んでいくと、ボルドーの有名ファミリーであるリュルトン家の所有であり、記念物指定を受けている18世紀の美しいシャトーが残る【ラ・ルヴィエール】、赤・白ともに格付けに入っている【カルボニュー】といったシャトーが次々と見えてきます。

- オーバイイの看板とブドウ畑

- シャトーを正面から見たところです

- これはシャトーの入り口にある立派な石柱です
現オーナーによる数々の改革
シャトー・オーバイイに到着すると、広報のノエミさんが、まるで到着を待っていたかのように事務所から出てきて出迎えてくれました。少し雑談をした後、シャトーについての説明を伺いました。
「オーバイイの畑の特徴は、海抜48mという、この辺りでは一番高い丘のてっぺんにあることです。これは日当たりが良く、排水が優れているということを意味しています。」 こうした優れた土地に、合計「28ha」のブドウ畑を所有しており、65%のカベルネ・ソーヴィニヨン、25%のメルロー、そして10%のカベルネ・フランを栽培、植樹密度も「10,000本」と高めになっています。
さらに驚くべきことに、畑の15%ほどは“樹齢90年”というブドウの木が残っていて、しかもそれらは、フィロキセラの害を免れた、アメリカ産の台木には接木をしていない純粋なフランス産のブドウの木なのだそうです。基本的には、こうした樹齢が高い木から取れたブドウは、ほとんどが“グラン・ヴァン”と呼ばれる一番良いワインに回されるとのこと。
1998年には、現在のオーナーであるウィルメール氏がシャトーを購入をして、様々な改革を行いました。「1998年に、ボルドー大学教授であるドニ・デブルデュー教授がコンサルタントになった時、約3年間かけて地質調査を行い、どの区画にどの品種、どの台木が適しているかを調べなおしました。」
それと同時に、タンクの数を一気に4倍に増やすという、思い切った設備投資も行いました。このためオーバイイでは、28haの畑に対して、コンクリートタンクが26基、ステンレスタンクが10基もあるという、ちょっと贅沢な体制となっているのです。

- 畑は高い丘のてっぺんにあり、日当たりと水はけは良好です

- 表土には砂利と砂が混じっています

- 醸造所の入り口。左の赤い扉が収穫口です。建物の色使いがきれいですね

- 現オーナーが一気に増設したステンレスタンク

- 醸造中の温度管理を行うコンピューターのパネルです

- 醸造用のコンクリートタンク
厳格なセレクションを実施

- オーバイイの樽貯蔵室の一部。階下にも別の樽貯蔵室があります

- こちらは2年目の樽貯蔵室
オーバイイの畑から手摘みで収穫されたブドウは、容量の小さいカジェットに入れられて、醸造所まで運ばれます。除梗の前後に1回ずつ選果を行った後に破砕され、タンクの中で発酵、果皮浸漬が約3週間続けられます。
ノエミさんによると、「オーバイイでは、過度のタンニン・色素の抽出は、このシャトーには適していないと考えています。そのため果皮浸漬も少し短めです。」ということでした。
その後、ワインは樽に入れられ、樽の中でマロラクティック発酵を行います。使用する新樽の比率は、1987年では33%だったのに対して、1990年では65%も使用するなど、ヴィンテージによって非常にバリエーションがあるそうです。
その年の年末までは品種ごとに別々に熟成をさせ、年末にワインのセレクション、ブレンドを開始します。「このセレクションが非常に大事なポイントです。品質に満足できない場合は、1991年のように一切グラン・ヴァンは作りません。1998年以降でも半分以上はセカンドに回されています。」 この作業に厳しい基準を設けていることは間違いないようです。
ブレンドが終了した後、また樽に戻して熟成が行われます。初めて樽に入れた時点から合計15~16ヵ月間の熟成を経て、ようやく瓶詰めされていくのです。
一枚の古いポスターの謎

- これが“アンリ・ギュリエールによるジロンドの偉大なワイン”のポスター。左上がオーバイイです
オーバイイでは、長い間、エミリー・ペイノー教授がコンサルタントを行っていました。1990年からはパスカル・リベロー・ガイヨン教授がその後を引き継ぎ、1998年にはドニ・デブルデュー教授がここに加わりました。いずれもボルドー大学の醸造学の高名な教授ばかりです。
畑は申し分なく、コンサルタントには有名教授たち。そして厳格なセレクション。これだけの環境が揃えば“良いワインが出来ないはずがない”と言い切ってもいいかもしれません。
最後に、少し余談になりますが、シャトー・オーバイイには一枚の古いポスターが飾られています。
ポスターを描いたのは、1911年に亡くなったリブルヌの編集者アンリ・ギュリエール氏。“アンリ・ギュリエールによるジロンドの偉大なワイン”と大きく書かれたそのポスターには、【ディケム】を中心として、右斜め上から【ラトゥール】【マルゴー】【オー・ブリオン】【オーゾンヌ】【ラフィット】。そして左側に2つ描かれているのは【ムートン】、そしてシャトー・オーバイイなのです。
現在の評価からは信じられないことですが、この中に【シュヴァル・ブラン】は入っていないのです! これは、彼がただ単に好きなシャトーを書いていったのか、それともこれが当時の評判だったのか、とても興味があるところです。

- 試飲ルームに並べられたグラス

- 試飲ルームからはブドウ畑が眺められます

- こちらはレセプションルームです
シャトーの歴史
その歴史は17世紀から
シャトー・オーバイイの歴史は、17世紀にまで遡る。
ピカルディーでワイン商を営んでいたニコラ・ド・ルバルドがボルドーに移り住み、ファーミン・ル・バイイと知り合う。この二人の男(後に義理の兄弟となる)がオーバイイの基礎を作り上げていく。
彼らは、現在のブドウ畑のある土地にブドウを植え、すぐに素晴らしいワインを造り始めた。ファーミン・ル・バイイの死後、彼の妻がシャトーを相続し、立派な城館を作った。その後、彼女の息子であるニコラが相続したが、借金の債権者たちからシャトー売却を強制され、債権者の一人であったジャン・ド・カイソンが36haの畑を譲り受けた。
18世紀、ボルドーの議会の議員であったクリストフ・ド・ラフォリーとバロン・ド・モンバドンがシャトーを引き継ぐ。1805年には、彼の息子であり、ボルドーの市長となったローランへと所有権が移ったが、彼はフランスの上院議員になったため、多忙のためシャトーの管理ができず、すぐに手放すこととなる。
19世紀に名声を得るが
その後、シャトーは所有権が転々とし、1872年にアルシッド・ベロ・デ・ミニエールに購入された。彼は購入直後から、計24室もある豪華な城館へと作り変えた。
しかし、他のシャトー同様に、オーバイイにも様々なブドウの木の病気に見舞われる。彼はワイン作りには素人だったにも関わらず、これらの禍に科学的に立ち向かい、蔓延していたべと病に対しては専用のタンク室を作り、フィロキセラには当時有効とされていたアメリカ産の台木への接木を一切行わない道を選んだ。
こうした情熱が周囲に知られるようになり、徐々に彼は“ブドウ栽培者の王”という異名を取るまでに至った。
1906年に彼が亡くなった後、その妻と娘によってその意志は引き継がれた。
1918年、シャトーは地質学者であったフランツ・マルブザンに売却されたが、1923年に彼は死去、娘たちによってシャトーは売却されてしまう。その後の所有者たちはシャトー経営に興味を示さず、次第にシャトーは荒廃していくことになる。
熱意あるオーナーたち
1955年、ベルギー人の両親を持つリール生まれのダニエル・サンダースがオーナーとなる。
フランスで就学した後、ベルギーで亜麻の栽培をしていた彼は、戦争後、彼の妻の出身地であるボルドーワインに興味を抱き、亜麻の栽培以外にワインの取引も始めた。それをきっかけとして、オーバイイのワインを高く評価するようになっていたのだ。
サンダース家が来てからオーバイイは生まれ変わった。その頃、相次いだ売却のためブドウ畑は細分化されていたため10haしか購入できず、また醸造所や樽貯蔵室も他の人の手に渡っていた。ダニエル・サンダースは徐々にブドウ畑の拡張を進めるとともに、醸造所や樽貯蔵室も取り戻していった。
1979年、ダニエルが亡くなり、息子のジャンがシャトーを引き継いだ。彼は19世紀に得ていたオーバイイの名声を取り戻すための尽力したが、彼の死後、彼の姉妹はシャトーの相続税を支払うことが出来なくなり、売却を余儀なくされてしまう。
1998年、シャトーはM&Tバンクのロバード・G・ウィルメールが購入する。彼はオーバイイのワインをエレガントでフィネスがあるワインにしたいと考え、以前のオーナーの一族であったヴェロニック・サンダース(ジャンの孫娘)とともに、情熱を燃やし続けている。
シャトーデータ
主要データ
- Ch Haut-Bailly
シャトー・オーバイイ Route de Cadaujac 33850 Leognan - http://www.chateau-haut-bailly.com/
- 格付け
- Cru Classe(特選)
- アペラシヨン
- Pessac-Leognan
- オーナー
- ヴィルマース家

畑について
| 畑面積 | 30ha |
|---|---|
| 年間平均生産量 | 約12万本 |
| 熟成 | 16から18ヵ月 新樽比率50% |
| 平均樹齢 | 約35年(15%は樹齢90年のもの) |
| 植樹密度 | 約10,000本 |
醸造ついて
| タンクの種類 | ステンレスタンクとコンクリートタンク |
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