シャトー案内

Ch Cantemerle
シャトー・カントメルル
| 生産地 | メドック地区 オーメドック |
|---|---|
| セカンドワイン | レ・ザレ・ド・カントメルル |
| タイプ | 赤/ミディアムボディ/フルーティで香り豊か |
| 格付け | メドック5級 |
| 栽培品種 | カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、プティ・ヴェルド、カベルネ・フラン |
各ワイン評論家からの評価(★1点/☆0.5点)
| ロバート・パーカー (第4版) | ★★(2点/4点満点中) |
|---|---|
| ヒュージョンソン (第5版) | ★★★(3点/4点満点中) |
| ル・クラスモン (2006年度版) | ★(1点/3点満点中) |
| ゴー・ミヨー (2006年度版) | ★★★☆(3.5点/5点満点中) |
“さえずるクロツグミ”という意味を持つのがシャトー・カントメルルです。その名に相応しく、大きな庭園からは常に様々な小鳥のさえずりが聞こえてきています。
メドックの入り口部分に位置する畑は、この地域では【ラ・ラギューヌ】と並んで最良の場所にあり、オーメドックのシャトーの中でもトップクラスと評されています。過去の記録によると、19世紀後半の頃には、何と【ラフィット】よりも高値で取引されたこともあるぐらいで、その実力は高く評価されてきました。
そのワインは、上品な果実の香りを持ち、タンニンが柔らかく比較的あっさりしたタイプ。素晴らしい畑から収穫された、素晴らしいブドウによって作られているということが実感できるでしょう。
1867年の万博では銀賞を獲得、現在では“メドックの3級に匹敵する”と言われるほど、そのワインには定評があります。テロワールに恵まれているシャトーのワインは安心して楽しむことができる、それを証明してくれるかのようなワインです。
シャトー紹介・醸造工程
地味ながら質の良いワインを生み出す

- カントメルルのシャトー全景

- シャトーを別の角度から。シンプルで美しい建物ですね
中世の時代、シャトー・カントメルルは、シャトーから1kmほど離れたメドックの川岸を守る要塞の一つでした。ワイン作りが始まったのは1354年のことで、当時のカントメルル領主が「収穫の10分の1の税金」と「ワイン1樽」を納めたという記録が残っている、大変歴史のあるシャトーです。
パリ万博前の、有名な1855年の格付けでは、実は最初はカントメルルの名前はリストには掲載されておらず、格付けの対象外となってしまいました。これは、当時のカントメルルは、ボルドーの仲買人を通さずに直接オランダの買い手と交渉をしていたため、売価が知られていなかったことが原因でした。後の交渉では、土地を代表するワインであり、オランダでも好評であることを認められ、無事に5級の格付けを得たのです。さらに、パリ万博ではワインの品質の良さが評価されて、銀メダルを授与されていました。
現在では、決してそれほど知名度が高い訳ではありませんが、しっかりとした歴史と技術に裏打ちされた、質の良いワインを生み出すシャトーであることは間違いありません。
大きな庭が目印の5級シャトー

- ブドウ畑の地図。緑がカベルネ・ソーヴィ二ヨン、紫はメルローを表しています

- 醸造責任者のパスカルさん。非常に気さくな方でワイン作りにもしっかりとした哲学を持っています
D2号線の入り口にあるシャトー【ラ・ラギューヌ】を過ぎて、さらに北上すると、左手にとても大きな庭が見えてきます。庭の中には川が流れ、その川には何と橋までかかっていて、まるでちょっととした一大庭園かと思わせるような規模なのです。この素晴らしく大きな庭を所有しているが、5級シャトーのカントメルルです。
カントメルルのブドウ畑は「87ha」と比較的大きく、マコー村とリュドン村に跨った一帯に広がっています。畑の大部分は、グラーブ地区と非常に近い珪土質砂利の土壌で、そこに50%のカベルネ・ソーヴィニヨン、40%のメルロー、5%のカベルネ・フラン、5%のプティ・ヴェルドという割合でブドウを栽培しています。
資料では、畑の平均樹齢は「30年」となっていたのですが、醸造責任者のパスカルさんの話では、「植え替えをして、樹齢が10年未満の区画から採れるブドウはセカンドに回すから、グランヴァンの平均樹齢は40年ぐらいと考えてもらっていいですよ。」とのことでした。また1ha当たりに「9,600本」と、非常に高い植樹密度で栽培されているのも特徴的でしょう。
畑の中の一番良い区画はどこかと聞いてみると、間髪入れずに「それは“シャトー・ドォ”とその周りの区画です。」という返答がありました。シャトー・ドォとは以前は「Vieux chateau de cantemerle」と呼ばれていた、給水塔がある区画のことを指しています。
その区画に入ってみると、確かに表土には砂利が多く、さらにゆっくりと南に向かって傾斜しているのが分かります。また、この辺りの区画は平均樹齢も非常に高く、40年以上のブドウの樹が多く残っています。
カントメルルのカベルネ・ソーヴィニヨンは、大きく分けるとシャトー北側のマコー村の部分、シャトー・ドォ一帯の部分、リュドン側にありシャトー・ラ・ラギューヌと隣接する部分に植えられています。
マコー村の部分も、さすがに“丘”とまではいきませんが、土塊のように他よりも少しだけ高くなっていますし、ラギューヌと隣接する部分も同様です。格付けは5級ですが、さすがに格付けシャトーだけあって、その名に恥じないような素晴らしい畑を所有しているのです。

- 給水塔が見えるシャトー・ドー付近の区画。少し傾斜しているのが分かります

- こちらもシャトー・ドー付近の畑。プティ・ヴェルドの区画になっています

- リュット・レゾネを取り入れていて、コンフュージョン・セクシュエルのカプセルがあります
常に改良を怠らずに

- フレンチオーク製の発酵タンク。奥にはステンレスタンクが見えています
ブドウは手摘みで収穫された後、4台の移動式の選果台を畑に持って行って、そこで1回目の選果を行います。選果台それぞれに4人づつが付いて作業が進められていきます。選果されたブドウはトラクターに乗せられて醸造所に運びこまれ、除梗機にかけられた後、再度バイブレーター式の選果台に乗せられて2度目の選果をされます。そしてようやく破砕機にかけられて、ポンプを使ってタンクへと搬入されていきます。
カントメルルでは、28基のフレンチオーク製のタンクと12基のステンレスタンクを所有していて、樹齢が低い区画のブドウはステンレスで醸造を行うのだそうです。またコンクリートタンクも所有しているそうですが、現在はこれは使用せず、前述の2つのみで醸造は行っているとのことです。
アルコール発酵前に、約12℃で行う低温マセレーションも、4~5年前から一部の果汁に対して始めていたのですが、2005年からは全ての果汁に対して行うようになりました。
この作業の後、酵母を添加してアルコール発酵を開始します。発酵中の温度は大体24~30℃、約6~8日で終了し、20日間ほどの果皮浸漬に回されます。
終了後、フリーランジュースを抜き取り、別なタンクに移し変えてマロラクティック発酵を行います。パスカルさんの話では、現在は樹齢が高いメルローに限り、樽の中でマロラクティック発酵を行っているそうです。こちらはよりトロッとした豊満な感じになったのですが、カベルネ・ソーヴィニヨンや樹齢の若いメルローでは思ったような結果が得られず、満足できる味に仕上がらないのだとか。

- 全ての発酵タンクは、このテーブルで温度管理が行われています

- コンクリート製のタンク。現在は醸造用には使用していません

- エントロピー(真空蒸発法果汁濃縮機)。収穫時期の雨などで果汁が水っぽくなった場合に使用するもの
樽に入れておく期間が短い理由とは
熟成に使う樽は、40%がフランチオーク、それもトロンセの森から採れたオークでの新樽です。残りは1度使用した樽を使用して、合計12ヵ月の熟成を行っていきます。合計5社から樽を仕入れし、焼付けはミディアムを用いているとのこと。現在、アメリカンオークの樽もテスト中ということでしたが、どうやらあまり満足できる結果ではなかったような話しぶりでした。
熟成中は、3ヵ月に1度の澱引きを行い、4度目の澱引きの際(その年のワインの醸造が終了した頃)にタンクにワインを戻し、豚のゼラチンを使用してコラージュを行います。
樽に入れている期間が12ヵ月と、他のシャトーに比べると短いのですが、パスカルさんの話によると、「カントメルルのワインは、あまり長く樽に入れておくと乾いた感じになってしまうため、最後の4ヵ月はステンレスタンクで熟成をするようにしているんだよ。」ということでした。
ステンレスタンクで最後の4ヵ月の熟成をした後、瓶詰め前の濾過は行わずに、自社製の瓶詰めの機械を使用して瓶詰めを行っていきます。

- 2つの樽貯蔵室のうちの1つ。通常は1年目と2年目で区別しますが、ここは12ヵ月の熟成のため、その区別はありません

- 2つ目の樽貯蔵室。側面が黒い樽は現在実験中のもの。シュール・リーを試しているのだとか

- 自社製の瓶詰めの機械。レンタルで借りているところも多いのですが、ここでは自社製を使っています
堅実なワイン作りは評価に値する
カントメルルは、格付けこそ“5級”とそれほど高い訳ではありませんが、その実力はもっと上位のシャトーと比べても決して劣っていないという評価を下す方も多いのです。
決して派手なことをしている訳ではなく、どちらかと言えば地味な印象すらあるシャトーですが、ポリシーを持った堅実なワイン作りを行っていて、評価されるだけの実力を備えたシャトーだといえるでしょう。
シャトーの歴史
ワイン作りは14世紀から
中世、シャトー・カントメルルは、シャトーから1kmほど離れたメドックの川岸を守る要塞の一つだった。古文書によると、1147年にはすでにカントメルル領主が存在したことを証明している。この一帯でワイン作りが始まったのが1354年のことで、当時のカントメルル領主は「収穫の10分の1の税金」と「ワイン1樽」を支払っていた記録が残っている。
その後、何代ものオーナーへと所有権が移り変わっていくが、16世紀より、ブドウ栽培地の開拓がカントメルルのドメーヌでの主な事業となっていく。17世紀になると、カントメルル家はジロンヴィル、モーカン、ソーヴといったシャトーまで支配するようになった。
1643年、カントゥメルル領主ルイスの弟がソーヴ城に住み、そこをシャトー・カントメルルと命名、本格的にブドウ栽培を行うようになる。
格付けリストに後から追加される
1855年、ナポレオン3世は、フランスの豊かさを世界に見せるためにパリ万博を開催する。ボルドー商工会議所は、ワインの格付けを行うための準備を行うこととなり、仲買人組合に68の赤ワインの銘柄リストと21の白ワインの銘柄リストを提出し、ワインの売価によって5級のクラスとそれ以下の3つのクラスに分けるよう提案した。
しかし、オリジナルリストには、最初はカントメルルの名前は記載されておらず、後からようやく「カントメルル、ヴィルヌヴ・ドュルフォル婦人、マコー」と追加されたのだが、カントメルルは格付け対象から外されてしまっていた。
これは、当時のカントメルルが、ボルドーの仲買人を通さずオランダの買手と直接交渉したため、その売価を知らなかったためだった。
しかし、現実にはカントメルルは町を代表するワインを作っており、オランダでの評判が高かったことは間違いなかった。同時に5級に格付けされた他のシャトーのワインよりも、実際に高い価格で取り引きされていた記録が残っており、その資料を揃えて組合へ提出すると、リストへの追加の要求が認められた。
1855年9月、まだ万博開催中に、カントメルルは5級クラスとしてリストに加えられることになった。この歴史あるリストが変更になったのはこれが最初のことで、2度目は1973年に【ムートン・ロートシルト】が1級クラスに格上げされた時、わずかにこの2つしか例がないことなのだ。
1867年の万博の際には、シャトー・カントメルルはワインの出来の良さを評価され、銀メダルを授与されている。
苦難と混乱を乗り越えて
1879-1887年、シャトーはフィロキセラとべと病の危機に瀕し、年間生産量が半減してしまう。被害が甚大だったサンジュリアン、ポイヤック、サンテステッフなどと比べると、まだ混乱は少ない方だったため、1884年にはポイヤックの1級シャトー【ラフィット・ロートシルト】よりも、カントメルルのワインの方が高値で取り引きされた記録も残っている。
しかし1892年、シャトーはデュボス家に売却され、300年間続いたヴィルヌヴ・ドゥ・ドュルフォル家の支配は終わりを告げることになった。
購入者となったテオフィル・デュボスは、カントメルルのブドウ栽培者であり、同時にメドックのクリュ・クラスの労働組合副長であり、1914年に売られることになるデュボス・フレール社の仲買人でもあった。彼の死後、息子ピエールとベルナルがカントメルルを1923年まで共同相続し、その後はピエールのみが所有者となった。
1930年から始まった戦争の間、いくつかのワイン区画でブドウが引き抜かれ、1945年からは25haほどしか栽培出来ず、その状態が1981年まで続く。そして同年、シャトーは建築共済組合と建設省に売却された。
シャトーデータ
主要データ
- Ch Cantemerle
シャトー・カントメルル 33460 Macau - http://www.chateau-cantemerle.com/
- 格付け
- メドック5級
- アペラシヨン
- Haut-Medoc
- オーナー
- グループSMA

畑について
| 畑面積 | 96ha |
|---|---|
| 年間平均生産量 | 約46万本 |
| 熟成 | 16ヵ月(うち12ヵ月はフレンチオークのバリックにて) 新樽比率40% |
| 平均樹齢 | 約30年 |
| 植樹密度 | 約9,600本 |
醸造ついて
| タンクの種類 | 木製タンクとステンレスタンク |
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