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2023年9月15日

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シャトー案内

Ch Cos d’Estournel

シャトー・コス・デストゥルネル

生産地 メドック地区 サンテステフ
シャトー シャトー・コス・デストゥルネル
タイプ 赤/フルボディ/力強く安定感あり
格付け メドック2級
栽培品種 カベルネ・ソーヴィニヨン58%、メルロー 38%、プティ・ヴェルド 2%、カベルネ・フラン 2%

各ワイン評論家からの評価(1点/0.5点)

ロバート・パーカー (第4版) ★★★★(4点/4点満点中)
ヒュージョンソン (第5版) ★★★★(4点/4点満点中)
ル・クラスモン (2006年度版) ★★★(3点/3点満点中)
ゴー・ミヨー (2006年度版) ★★★★☆(4.5点/5点満点中)

メドックで異彩を放つ存在であるコス・デストゥルネル。初代のオーナーであるデストゥルネルは、インドで売れ残って持ち帰ってきたワインを「インド帰りのワイン」として販売して話題となったり、醸造所をパゴタ(寺院)風の作りとしたりと、画期的なアイディアの持ち主でした。

その後、オーナーは変わっていきましたが、ワインの品質を落とすことはなく、常に1級シャトーに肩を並べるほどの品質を維持してきました。今日では「スーパーセカンド(1級並みの品質をもつ2級)」の一つとして、再注目されています。

そのブドウ畑は、昔の言葉で“砂利の丘”を意味する「コス」という場所にあり、眼下にはすぐ隣にあるシャトー【ラフィット】が見渡せます。傾斜がきつ目のその丘は、一目見ただけでも、排水性が高く、凝縮されたブドウが出来ることは容易に想像できます。また、丘の下部には、表土が薄くてすぐ石灰岩の層に到達する地層があり、ここには40%と高いの比率を占めるメルローが植えられていて、このシャトーの特色にもなっています。

このシャトーのワインは、エレガンスな香りとサンテステフらしい力強い味わいをもち、オフビンテージでも品質の高さに定評があるため、安心感があります。またサンテステフのワインらしく、しっかりとタンニンを含んでいるため、かなり寿命が長いのも特徴です。ハズレのないオールド・ヴィンテージを探している方には、ぜひオススメしたい逸品だと言えるでしょう。

シャトー紹介・醸造工程

メルローの比率の高さが特徴

シャトーと周りの畑の模型。ちょうど丘になっているのが分かります
シャトー正面のカベルネ・ソーヴィ二ヨンの区画。ポイヤックとの境界線に向かう急な斜面です

D2号線を北上して、【ラフィット・ロートシルト】のシャトーを過ぎた辺りから、比較的、急勾配の坂道が始まります。途中には、アペラションの境界線となる“ブルーイユの小川”があり、それを越えるとポイヤックからサンテステフに入ります。

この急勾配から始まる、海抜約20m程の丘は「Cos」と呼ばれていますが、これはガスコーニュ地方の古い言葉で“砂利の丘”という意味だとか。その名前のとおりに、ガロンヌ川などから運ばれてきた第4世紀の砂利が堆積し、下層にはサンテステフ石灰岩と呼ばれる層もあります。

この丘の上部は、表土の砂利の層が厚く水はけが良いため、一部の例外はあるものの、カベルネ・ソーヴィ二ヨンに適しています。一方、丘の下部の方へ行くと砂利の層は薄くなり、ブドウの根が石灰岩の層へと到達しやすくなっていて、メルローと相性の良い土壌となっているのです。

この丘の上に「64ha」のブドウ畑を持つのが、シャトー・コス・デストゥルネルです。栽培品種は、土壌と相性の良いカベルネ・ソーヴィ二ヨンが60%と、メルローが40%と、メルローの比率が高いのが特徴的です。すぐ隣にある【ラフィット・ロートシルト】ではメルローは25%ですから、それと比べると近い位置にあるとはいえ、全く土壌が異なってくるのが良く分かるでしょう。

やはり表土には砂利が多くなっています
地層の断面図。シャトーは10番のところ。下層に石灰岩の層があるのが分かります
ブドウ畑の地図。右に離れたところにあるのは、コスが所有するもう一つのシャトー“マルビュゼ”の畑です

“サンテステフのマハラジャ”が生み出したワイン

サンテステフの入り口となる、丘の南部のところにはコス・デストゥルネルの醸造所が立っています。

数多くのシャトーでは、オーナーの自宅である城館には凝った建築様式を用いているものですが、ここの場合はシャトーではなく醸造所に特徴があります。当然のように西洋風の様式のシャトーが集まっているメドック地区の中で、この醸造所だけは東洋風の建築となっていて、特に珍しい存在だと言えるでしょう。

これは、シャトーの初代オーナーであるルイ・ガスパール・デストゥルネルに由来したものです。19世紀初頭、彼ははワイン作りを営むとともに、ワインの販売も手がけていました。奇抜な発想と強い個性で知られていた彼は、その当時、ワインの一大マーケットであったイギリスの植民地となっていたインドでもワインの需要はあると考えます。自前の船を所有していたこともあって、すぐにインドでのワイン販売を決断したのです。

ボルドーからインドまで船積みされ、現地で販売されたワインは好評を得ることが出来ました。しかし、いくらかの売れ残りが発生してしまい、またそれをボルドーへ持ち帰ることになりました。このワインと、最初から輸出されずにシャトーで熟成させていたワインを飲み比べてみると、驚くことにインドから持ち帰られたものの方が美味しかったのだそうです。

このワインは、赤道を2回越えていたため、ラベルに「R」の文字(Rotour。“戻る”という意)を加えて、“インド帰りのワイン”として売り出したところ、非常な人気を得て、彼も“サンテステフのマハラジャ”と呼ばれるようになったのです。

当時、そうしたエストゥルネルのやり方には、周りのシャトーのオーナーたちにから色々な批判的な意見もありました。そんな彼らに自身の成功を誇るために、醸造所には敢えてインド風の装飾を施したのでした。

醸造所の全景。正面が東洋風に装飾されています
正面の木製の扉は、タンザニアのザンジバル島の王宮で使われていたものを購入したのだとか
初代オーナーのエストゥルネルの肖像画。1855年の格付けの2年前に亡くなってしまいました。

ヴィンテージに合わせて柔軟に

以前に使用していたステンレスタンク(現在、取り外されています)
ステンレスの前に使用していたコンクリートタンク(改装のため、すでに撤去されました)

コス・デストゥルネルでは、収穫は合計120人で手摘みで行い、容量の小さいカジェットに入れて醸造所まで運びます。醸造所では2回の選果を行い、破砕をした後に、台形型をした小容量のステンレスタンクまで運び込みます。

現在、コス・デストゥルネルの醸造所や樽貯蔵室では、非常に大掛かりな工事を行っています。地下を掘り下げ、そこにステンレスタンクを設置して、自然の重力でブドウを移動させることができるような設備へと、変更を行っているのです。

ステンレスタンクの中で低温マセレーションを行った後、アルコール発酵、果皮浸漬を行い、樽の中でマロラクティック発酵を行います。

樽熟成の期間は、大体「18ヶ月間」と発表しているのですが、実際は年によってマチマチなのだそうです。新樽比率も同様で、100%新樽を使用する年もあれば、80%になることもあるとのこと。ヴィンテージの特徴に合わせて、柔軟にやり方を変えているのです。

澱引きは3~4ヶ月に1回行い、濾過はせずに瓶詰め作業となり、いよいよ世界中へ出荷されて行くことになります。

樽貯蔵室。中にも東洋風の装飾が施されていました(改装工事中で、現在は何もありません)
樽貯蔵室は中もとても幻想的でした(改装工事中で、現在は何もありません)
博物館内にある、コラージュをしている蝋人形。以前はこうして実際に卵を割っていました(今はアルブミンを使用)

安定的な力を発揮するシャトー

博物館の隣にある訪問受付カウンター。ワイン以外にもグッズが販売されています

コス・デストゥルネルのワインは、カベルネ・ソーヴィ二ヨンの出来が今ひとつのヴィンテージでも、評価の高いワインが出来上がることが多いと言われています。

カベルネ・ソーヴィ二ヨンとメルローの出来の良し悪しは全く同じという訳ではありませんので、「カベルネ・ソーヴィ二ヨンの分までメルローが頑張った」というようなヴィンテージもあるのです。そういった意味でも、コス・デストゥルネルは安定的な強い力を発揮しているシャトーだと言えるでしょう。

シャトーの歴史

情熱的な“サンテステフのマハラジャ”

ルイ15世支配下の1762年に生まれ、1853年、ナポレオン3世の支配下に、92歳で亡くなったルイ・ガスパール・デストゥルネルは、シャトーに対する熱い情熱を傾けた人物だった。

当時「コス」と呼ばれていた地域のいくつかのブドウ畑を相続した彼は、1811年、ワインの質を見分け、アルコール発酵を別々にすることに決めた。すぐに彼のワインは最高級のワイン以上の評判となる。

後に、インドへのワイン輸出で成功を収めた彼は、“サンテステフのマハラジャ”と呼ばれるようになった。彼のインドで業績成功を祝って、貯蔵庫の上にエキゾチックなパゴダを建て、絢爛たるパーティを催し、著名人たちに貴重なインド戻りのワインを贈ったのだ。

しかし、1852年、敷地を拡大したり美しく飾り立てるめに多額の負債を抱えてしまったため、ルイはシャトーをロンドンの銀行家マルティンスへ売却することになった。新しいオーナーから、ルイが愛したこの地に引き続き住むことを許されたのだが、1853年に死去。そのわずか2年後の1855年に開催された格付けで、彼が育てたシャトーがサンテステフの最上位とされるという朗報を聞くことは出来なかった。

オーナーは変わり続けたが

1869年、マルティンスは、シャトーをスペイン出身の貴族エラーズ家に譲り、1889年にはオスタン兄弟が所有するようになる。

1917年、シャトーはボルドーの著名な仲買人フェルナンド・ジネステが購入された。彼の孫たちジョン・マリー、イヴ、ブルーノのプラッツ兄弟が相続して、長い間、彼らの下で運営を続けた。

1998年、プラッツ兄弟は、シャトーをメルロー家とその共同出資者のアルゼンチン人アンジェル・モヤノに売却。2000年には、現所有者であるミッシェル・レビエに売却された。フェルナンド・ジネステの曾孫で、1970-1998年まで総責任者であったブルーノ・プラッツの息子ジャン・ギヨーム・プラッツが、総責任者としてシャトーの管理に当たっている。

シャトーデータ

主要データ

Ch Cos d’Estournel
シャトー・コス・デストゥルネル 33180 Saint-Estephe
http://www.cosestournel.com/
格付け
メドック2級
アペラシヨン
Saint-Estephe
総責任者
Jean-Guillaume Parts

畑について

畑面積 64ha
年間平均生産量 約25万本
作付け割合   カベルネ・ソーヴィニヨン58%
  メルロー 38%
  プティ・ヴェルド 2%
  カベルネ・フラン 2%
平均樹齢 約36年
植樹密度 約10,000本

醸造ついて

タンクの種類 ステンレスタンク
樽熟成の期間 約18ヶ月
新樽比率 約80~100%の新樽
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